新型コロナウイルス感染症と歯科診療

はじめに

安倍総理が発令した全国緊急事態宣言は、当初の目標であった本年5月6日解除を断念せざるを得なく、全国で約1か月の延長となりました。連日新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する情報がネットやテレビで報道されていますが、時には明らかに間違った情報が誠しやかに流布されています。

それも不安につながるようなものばかりが我々国民に伝えられており、いつまで続くか分からないこの現状の中、どのように対応をすべきか漠然と
したものしかわからず、各個人のストレスも限界に近づいているのは間違いないと思われます。

そんな不安を抱いている人達に対して、歯科医療の専門医として、正しい情報を発信していく責務があると思い、少しでも役に立つ正しい情報を発信できればと考えております。

特に最近ネットやテレビで「歯科医療従事者の新型コロナウイルスの感染リスクの高さや歯科治療における感染するリスクについて」の情報に間違っていると思われる内容が伝えられたり、「歯科治療の受診を避けることにより起こる弊害について」の情報の伝達が少ないことなどに危惧をいだかざるを得ません。

医療従事者といっても各科の専門医により新型コロナウイルスについての発言内容も違ってきますし、感染症の専門医でも研究の立場か、臨床の立場かで見方が違ってきます。

特に最近の歯科に関する情報においては、表面的な部分からしか見ていないと思われる発言が多いと感じます。

その一つの例として、新型コロナウイルスと歯科治療の危険性についても、はっきりとしたエビデンスに基づいていない発言がなされています。

そこで、臨床歯科医の立場として、この新型コロナウイルスに対してどのように対応し対処していくべきかを、各感染症専門医の意見や論文を参考とし、我々歯科臨床医が日々の臨床治療において種々の感染症に対して対応してきた経験や私見も含めて考察してみました。

今回の新型コロナウイルスは、新型と呼ばれるように、従来のコロナウイルスや他のウイルスとは異なる性状を持っており、格が違う感染症であることは知っておかねばなりません。しかし、新型コロナウイルスに対する正しい対処、対応を行っていけば、恐れ慄くことはないと思われます。それについては、後で詳しくお伝えいたします。

令和2年4月7日から実施された東京都における緊急事態宣言以降、当医院は令和2年4月21日(火)から令和2年5月6日(水)まで自粛休診を行ってまいりました。

我々医療従事者は、周知の通り休業要請の対象から外れていますが、従来のウイルス感染症と異なり、今回の新型コロナウイルスに関しては、情報としてまだ未知なる部分が多く存在しているため、患者様、従業員、己自身のためにも、危険の回避と正しい対応を行うために取った休診策です。

最近になって世界中の研究者からの情報で、少しづつではありますが、新型コロナウイルスの実体や臨床結果が分かってきています。

それに伴い対処法や治療法についても不確かな部分はまだありますが、今後に希望を抱かせるような内容の報告も出てきています。

従っていろな歯科治療におけるウイルス感染との疑問点についてお答していきます。

スタンダードプリコーション(標準予防措置策)とは?

スタンダードプリコーション」とは、医院施設内における感染の予防をいかにしたら防げるかをベースにした考え方です。

この考えは、「感染症の有り・無しには関係なく、すべての血液や排泄物、体液や粘膜、傷のある皮膚は感染性のあるものとして扱う」というものです。この体液や粘膜とは、汗以外の唾液や口の中といった部分が当てはまります。

スタンダードプリコーションの考え方において重要な点は、「感染症の有無に関係ない」という部分ですが、患者さんの体内から外に出るものは、汗以外すべて感染源とみなすことにあります。

この考えに従って感染対策を行う基本は、「受け取らないこと」そして「渡さないこと」の二つになります。

常日頃、我々医療人は、このスタンダードプリコーションを実施し、今回の新型コロナウイルスの感染の蔓延が生じたから行ったわけではありません。

では、どうすればこの「受け取らないこと」そして「渡さないこと」が実行できるのでしょうか。当施設において常時行っている対策をご紹介します。

  • 術前・術後においてその都度ユニットならびにその周囲の消毒を行う
  • 使用器具については、個別用に準備した滅菌器材を使用している
  • 切削による切削粉や唾液の飛散等に対しては、口腔外バキューミュを使用し、室内に粉塵が停滞しないようにしている。
  • 術者は、手袋・マスク・フェースシールド・ゴーグル等を使用する

以上の対応をすることで、術者から患者さんへの感染のリスクをなくしております。

また、現在、院内に使用している水に関しては、次亜塩素酸水による除菌されたものを使用しており、その事は、うがいや治療時における水により口腔内が消毒されている事にもつながります。

令和2年5月1日現在、歯科治療による新型コロナウイルス感染の報告は国および歯科医師会からの報告はありません。

新型コロナウイルスとは?

コロナウイルスとは。主に鳥や哺乳類に感染するウイルスの一種で、その大きさは電子顕微鏡でしか見えない1万部の1ミリメートルと極めて小さい大きさです。表面に王冠のような突起があることから、ギリシャ語で王冠を意味する「コロナ」にちなんで名づけられたと言われています。

新型コロナウイルスの正式名称は、SARS-CoV-2(サーズ・コブ2)で、新型コロナウイルスによって引き起こされる病気を、COVID-19(コビット・19)と言います。

コロナウイルスは50種類以上もあり、人間に感染するものは6種類だけで、うち4種類は感染しても普通に「風邪」と診断されるものです。

しかし、残りの2種類の2002年のSARSコロナウイルスと2012年のMERSコロナウイルスは、発症すると重症の肺炎を引き起こします。
今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、人間に感染するコロナウイルスとしては7種類目のもので、重症の肺炎につながるものとしては、3種類目のものです。

コロナウイルスの構造は、核酸とそれを包むタンパク室の殻だけからなる微粒子でありますが、新型コロナウイルスな、その外側をエンベロープと呼ばれるタンパク質の膜で包まれているエンベロープタイプのコロナウイルスであります。

その大きさは、電子顕微鏡でしかその姿が見えない一万分の一ミリと極めて小さいものです。

ウイルス自体にはタンパク質やエネルギーを作り出す仕組みがないため、増殖には生きた細胞内に寄生して、その細胞が持っている仕組みを利用して増殖するのです。つまり他の生物の細胞に入り込まない限りは、生きていけない微生物です。

よく言われるのは、ウイルスと細菌の違いは何か?ということですが、端的に言いますと、ウイルスは「抗生物質が効かなく、他の細胞に寄生しないと生きてゆけない」、一方細菌は「抗生物質で殺せる、自己で分裂・増殖できる」事です。

新型コロナウイルスの感染経路は?

ウイルスに感染するということは、くしゃみや咳きにより飛散したウイルスを含んだ飛沫が落下して周囲の物(テーブル・電話・パソコンのキーボード、マウスなど)に落ち、その汚染された場所人の手が触れて、消毒もせずにウイルスの付いた手で目をこすったり、鼻を触ったり、ものを食べたりしてしまうとウイルスに感染してしまいます。言い変えれば、コロナウイルスは粘膜や目や呼吸器から感染するウイルスなのです。

呼吸器とは、口、鼻、気管、肺のことで、このどこかにウイルスがくっくと感染する可能性が出てきます。

新型コロナウイルスも新型と言われますが、従来のコロナウイルスと変わりはないため、メインの感染経路は二つと考えられます。

従来のウイルスの主な感染経路は、通常は下記の三つですが、

  1. 飛沫感染
  2. 接触感染
  3. 空気感染

1. 飛沫感染とは?

くしゃみや咳きなどの飛沫の中にウイルスがいた場合に、この飛沫を吸い込んだ人が感染する経路のことです。

その飛距離は大体2メートルぐらいで、あとは重力に従って落ちてしまいます。

この飛沫とは、粒子の直径が5マイクロメートル以上でウイルスの粒子(約0.1マイクロメートル)よりかなり大きいことが分かっています。

2. 接触感染とは?

落ちた飛沫に触れることで起こる感染のことで、飛沫が落ちた場所に消毒が成されないときは、数日間(最大で1週間から9日間くらい)生き延びており、その場所を手で触って目や鼻や口 を触ったりしたときに起こります。

このように「感染経路を見つけて、遮断すること」が、感染対策の基本となります。

3.空気感染とは?

新型コロナウイルスは空気感染は起こさないと言われていますが、唾液などの飛沫が長い時間の間に乾燥して飛沫拡散という乾燥した状態になり、空気中を漂って、それを吸い込んだ場合には空気感染する可能性があります。

新型コロナウイルスの感染のリスクに対する医院としての対応は?

TV,ネット上で連日新型コロナウイルスについての情報の中で、「歯科治療は新型コロナウイルスの感染を起こすのでは?」というエビデンス(科学的根拠)のない情報が錯綜し、患者さんが迷われているのが現状と思われます。

その答えは、「歯科治療の安全性は高い」ということです。

設置の次亜塩素酸水生成装置

スタンダードプリコーションのところで説明させていただいたように、当医院では、常日頃から感染予防のために、治療器具の消毒はもとより、ユニットならびにユニット周辺(口をゆすぐスピットンも含む)、ドアノブ、待合室のソファー、トイレ等の消毒を行っております。

また、使用する水道水においても、次亜塩素酸水により除菌を施した水溶液を使用し、万全の衛生対策をとっております。

次亜塩素酸水は、除菌には適しており、次亜塩素酸水は食品加工工場、医療機関、ホテルなど除菌が必要な業態ではよく知られる除菌消臭液であり、アルコールを上回る強力な除菌力と人体に害がなく、次亜塩素酸水は口の中のうがい水としても活用されています。

最新の情報では、令和2年5月中には経産省が次亜塩素酸水のウイルスへの除菌に関する情報を発表する見込みです。

口腔外バキューム装置
口腔外バキューム装置

今、問題とされている治療時の歯の切削において出現するエアロズルについてですが、ユニットの脇に装備している口腔外バキュームの吸引装置により吸引されており室内に飛散、拡散しないような環境を整備しております。

また、歯の切削に使用するタービンから出る水は、除菌された次亜塩素酸水が使用され、切削時における口腔内の消毒も併せて行われることにより、エアロゾルも消毒が成されていると考えます。

日本全国の歯科開業医院数は、約69000件と言われております。令和2年の2月初めより日本で発症し始めた新型コロナウイルス感染者の中に歯科医院の医療従事がいるという報告や、歯科治療の感染でクラスターが起こったという事実は令和2年5月現在、国および日本歯科医師会を通じての報告はありません。一部、滋賀県の歯科医院において医療従事者の感染があった事はTV、ニュースにおいて報道がなされましたが、それについては、歯科治療上の感染ではなく、医院外での感染による発症と聞いております。

新型コロナウイルスが発症後、約3か月経過した現在において、歯科医療従事者に新型コロナウイルスの感染者が出ていない事実は、少なくとも歯科治療時における患者さんからの感染、逆に歯科医療従事者からの患者さんへの感染は、起こりづらいと考えても間違いはないと思います。

ただし、この新型コロナウイルスは、まだ未知なる部分が存在するのも事実なので、今後確かな情報の確保を続けていく必要もあり、新しい情報発信を行ってまいります。

医院としての感染対策

  • 待合室での患者様が密接にならないように予約の調整、待ち時間の調整を行います
  • 待合室(スリッパ、ソファー、自動血圧計)、医院入り口の扉、洗面所 等の消毒や換気の確保を行っています
  • 換気の確保、手指消毒の用意(医院入り口に設置)
  • 受付のシールド(保護膜)の設置
  • 各ユニット、検査器具(レントゲン・CT他)は、使用ごとに次亜塩素酸水または消毒用アルコールにて消毒を行い、他の治療器具(手術用器具も含めて)に関しましては、完全滅 菌されたものを使用しております
  • 医院内で使用されている水は、体に害がなく、安全な濃度の次亜塩素酸水を使用しております。これは、お口の中の除菌にも役立っています。
  • 歯を削る際に使用している口腔外バキュームは、切削時に生じる粉塵やエアロゾル(霧状の液体)を強吸引し、室内の空気の清浄化を行っています。飛沫の防止を防いでいます。

当医院では、新型コロナウイルス発症以前から、感染予防のために当医院の従事者は、感染予防のマスク、手袋の常用と手指の消毒は常に行っております。

また、顔の保護をするフェースシールドを使用することで、感染予防を行っております。

歯科治療を長期間受診しない場合に起こるリスクとは?

お口の中には、口腔内常在菌という細菌が多数存在しています。その中に歯周病の原因となる歯周病菌も生息していますが、口腔ケアーがきちんと管理されている状態では、口腔内常在菌もバランスのとれた口腔内常在細菌叢(マイクロビオーム)を形成し、健康な口腔内を維持していきます。

しかし、定期的な、正確な口腔管理(PMTC:衛生士によるプロフェッショナルな清掃治療・ブラッシング等)が長期的に放置されると、口腔内常在細菌叢のバランスがくずれて歯周病菌が異常に増殖した場合には歯周病が悪化してしまう事が起こります。

以前から、この歯周病菌がインフルエンザの感染発症に関与していることが分かっており、歯周病菌がプロテアーゼやノイラミニダーゼという酵素を出して、インフルエンザウイルスが粘膜に侵入するのを助けています。

口腔内の衛生状態が悪い人は、インフルエンザや誤嚥性肺炎にかかりやすくなります。

事実、インフルエンザが流行する冬季6か月間にわたり、歯科衛生士による口腔ケアーを受けた人と受けなった人との間でのインフルエンザの発症率は、受けなかった人の発症率が約10倍も高かったという研究報告があります。

このことは、新型コロナウイルスにもあてはまると考えられ、口腔内を清潔にして細菌数を減らすことが、まずは誤嚥性肺炎、さらにはインフルエンザウイルスなどのウイルス性疾患の予防につながるのは、間違いないと言えます。

どのような時にどの程度の歯科治療を受けたら良いか?

歯科治療を長期間受診しない場合に起こるリスクとは?、でも記述したように、長期において口腔ケアーがなされないと、かえって歯周病やう蝕の発生を促したり、免疫力の低下も招くことにつながることになります。

日本歯科医師会のホームページに詳しく提示されていますが、痛みや腫脹がある場合には、我慢せずに治療を受けるべきです。

その他のメインテナンスや定期的なチェック等については、主治医の先生に連絡し、相談することがベストだと思います。

自分で行える新型コロナウイルスに感染しない防御法とは?

感染しないために本当に必要なことは?

ウイルスの感染経路は、前述したように、飛沫感染と接触感染です。飛沫感染に関してはマスクの着用と3密を遵守すれば大丈夫と考えます。

接触感染に関しましては、人との接触は現在では必要な限りの範囲で限る。あとTV等からいろいろな情報が発信されていますが、正直言ってそれを全部守ることは不可能と思います。

「ウイルスはどこにでもいる」の観点から、どこかを触ったらアルコールや次亜塩素酸水で手指の消毒をすれば、ウイルスはすぐに死んでしまいます。

手洗いが一番大事なので、洗える環境に居る場合には、何かを触った後には、必ずお口、目や鼻を触る前や、食事をする前に正しい方法で手洗いを充分に行うことが大事です。

マスクは新型コロナウイルスの感染予防になるのか?

感染予防に「マスクは必要ない」という声をしばしば聞きますが、結論から言うと空気感染を起こすウイルス以外(新型コロナウイルスは空気感染は起こらない)には充分に効果があります。

なぜならば、新型コロナウイルスの感染理由は、飛沫感染と接触感染だからです。この飛沫とは、咳やくしゃみによる水分やほこりがウイルスに付着したもので、ウイルスの粒子は約0.1マイクロメートル(1円玉の20万分の1の大きさと極小である。)であり、それに対して飛沫粒子の直径は5マイクロメートル以上とウイルスよりかなり大きいものです。

国内の市販マスクの大半は、細菌ろ過効率(BFE:約3マイクロメートルの粒子がろ過された率)の基準をクリアーしているからです。

つまり、この事は、空気感染は防げなくても、飛沫感染は防げるということを実証し、マスクの着用の必要性を証明しています。

歯磨き・フロッシングや舌の磨きの重要性について

「歯科治療を長期間受診しない場合に起こるリスクとは?」の項でも説明いたしましたが、

口腔清掃の不良 → 虫歯・歯周病の発症 → 全身疾患への関与

の過程をたどります。

最近言われ始めた唾液によるPCR検査の可能性についての情報を見ても、新型コロナウイルスに感染された人の唾液の中には、かなりの数のウイルスが存在している可能性を示唆しています。

特に口腔粘膜はもとより、舌の表面に多数存在していることが報告されています。よって、飛沫感染の原因である唾液腺に由来する唾液のウイルスを殺菌させることが大切であります。

この事は、口腔の清掃、歯磨きフロッシング、特に舌の磨きが大切でお口の洗口剤の使用の重要性も示唆しています。

歯科医の立場から新型コロナウイルスに感染しないためには

歯科医師の立場として新型コロナウイルスに感染ないために、私見を述べさせていただきます。

先に書いたとおり、お口の管理が悪い人は、お口の清掃状態が悪く、細菌が増える環境になっており、虫歯や歯周病の発症を招いたり、インフルエンザなどのウイルスに感染させる原因にもなります。

特に歯周病の進行は、歯周病菌の増殖により、歯肉や骨に炎症が波及することでその消失を早めます。また、歯周病菌の作用で血管を介してのルートと腸管からのルートより全身の臓器に炎症を起こさせ、糖尿病・心臓疾患・脳疾患、誤嚥性肺炎などの全身疾患を起こさせたり、今回の新型コロナウイルスの感染により発症する重篤な肺疾患を起こさせる要因にもなります。

結論として、お口の管理は健康維持には欠かせない事であり、感染の防御には欠かせられないものであります。

そして、

  • お口の手入れは最低毎日朝、昼食後の歯磨きを行う
  • いたるところにウイルスは存在すると思うこと
  • 日常生活の中で手洗いを励行する
  • 密接な他人との接触を極力避ける
  • 列車の乗り換えの際は気をつける
  • 病原菌のありそうな場所に直接手で触れない

ひらい滋

ひらい歯科医院 院長 平井 滋